人間性と人を見抜くこと · 関係と人としてのあり方
関係と人としてのあり方 · 人間性と人を見抜くこと
短章 14 件
《人間性と広く世に伝えること》 人間性の理解から志を立て善を行うことへ、自分の蓄積をどう多くの人へ伝えるか?
悪は肉体にあり
善い思いは魂にある
心と魂の善は肉体の悪に勝てない
両者は互いを刺激する
人に善を教える思考と思想だけが不朽である
もっと多くを経験し、体験する
もっと多くを受け継ぎ、広く世に伝える
たとえ百劫を経ても、なした業は消えない。因縁が巡り合えば、その果報は自ら受ける。曾子も言った。「人が善を好めば、福はまだ来なくとも、禍は遠ざかっている。」
「天は陽によって万物を生み、陰によって万物を成就させる。生むことは仁、成就させることは義」。善は仁を、立てることは義を意味する。仁は本質、義は表れである。義を思いの起点とし、仁を行動規範として帰着する。因果は循環し、破らなければ立てられないという法則に従い、守る、破る、立てるを繰り返す。虚を極め、静けさを篤く守る。万物がともに生じる中で、私はその回帰を観る。
人生の三不朽である立徳、立功、立言に、立志と立行を加える。志を立てることが起点だ。志が立たなければ、行動に大義はなく、成せることもない。志がなければ行いもなく、徳も功も言葉もない。そこで本来の自分の段階では、企画者になる志を立て、多大な時間と労力を注ぐ。一つひとつの事業案件での経験と体験を通じ、企画者に必要なすべての徳行を自らに身につけ、これによって徳を立てる。相談、企画、研修を通じて商業の発展を助け、功を立てる。普遍的な価値観に従い、自分が熟成し蓄えたものを、必要とする人に惜しみなく広める。その過程で内容を発信し続け、インターネットを通じて広く世に伝え、言葉を立てる。この全過程を立志、立行、立徳、立功、立言と呼び、「立つことによって始まる」とまとめる。
仁は天道であり、天は万物を生む。大いなる善、人への善意、利他の心を持ち、天を敬い人を愛する人生の価値観に従う。一念が起これば万水千山に幾世もの繁栄が広がり、一念が滅びれば世界は変わり、万古のものが失われる。善悪は一念の間にある。善い思いが善い心を養い、善い因を創り、善い縁を行い、善い果を生む。初めは信条として、行いによって性質を制し、律によって心を制する。最後は善に基づいて行う段階に上がり、覚る者は自覚し、心から律が生まれる。これを「善を帰着点とする」とまとめる。
「立つことによって始まり、善を帰着点とする」という中国語の八文字を、限られた命の中で絶えず修め、悟る。修めることは求めることに、悟ることは知ることにある。修めるとは行いによって性質を制し、悟るとは本性に従って行うこと。覚る者は自覚し、心から律が生まれる。修める者は他律に従い、律によって心を制する。本来の自分を修め、超える自分を悟ることを繰り返し、悟る力を高め続けなければならない。
華やかなものを払い、本心を照らし見る。澄んで清らかに、光は虚空のすみずみへ届く。
このフォルダの内容は、日頃さまざまな出来事から得た気づきを記録し、分類して保存したものだ。身近な友人との対話や意見のぶつかり合いに由来するもの、本から得た気づきをまとめたもの、大師と呼ばれる人の教えに由来するものもある。
外界、レッテル、天才、時間、人生の目標、現実、後悔などを扱っている。
《貴族》 人の気高さは、外側の暮らしぶりと内なる選択のどちらで判断すべきか?
貴族とは何か?
誰もが、ピアノを弾くこと、球技をすること、赤ワインを味わうことなどを挙げるだろう。
だが、それはすべて表面的なものだ。
真の貴族は、内面の気高さにある。
内面の気高さとは、他人を助けることを最も楽しいことと考えることだ。
助けるほど、その人は気高くなる。
《人をどう見るか》 人を判断するとき、言論、結果、長く共に歩く人のどれを見ているか?
普通の人は人を見るのに言論を聴き、良し悪しはすべて他人の口にある!
熟練した人は結果を見る。人がよくなければ、どう結果がよくなるのか!
一流中の一流は本当の姿を見る。背後に力ある仲間がどれだけいるかだ!
《知恵をもって歩む》 相手の立場で考えた後、他人を思いやりながら自分自身も安らかでいるには?
知恵をもって歩むとは何か?
要領よく物事を進めること、中庸の道だと言う人もいる。
それは表面であり、その奥の核心は「相手の立場で考える」ことだ。
まず自分を他人と思う。このとき「無我」となる。
次に他人を自分と思う。このとき「慈悲」となる。
次に他人を他人と思う。このとき「知恵」となる。
最後に自分を自分と思う。このとき「自在」となる。
他人の評価は気にしなくても、そばにいる人の気持ちは大切にする!
《欺かれること》 欺きや失望を経験した後も、大切にすべき人を大切にするには?
欺かれることも、経験すればそれまで
裏切られることも、経験すればそれまで
不貞も、経験すればそれまで
世間の批判も、経験すればそれまで
苦しんだからこそ苦しみを手放せる
執着したからこそ執着を手放せる
気にかけたからこそ何も気にかけなくなれる
いつまでも清らかな心を保ち、俗世で懸命に体験し成熟する。
いつまでも慈悲の心を保ち、衆生の中で懸命に人を成長へ導く。
いつまでも感謝の心を保ち、天地の中で懸命に命あるものへ返す!
誰かを大切にするのは、心を動かされたから。誰かを諦めるのは、失望したから。
落ちぶれたときこそ、誰が冷水を浴びせ、誰が心配を抱いてくれるか見える。寄り添う人は、温かさによって情義を交わすから離れられない。理解する人は、慈しみゆえに代わりがいないから離れない。
実は幸福な人とは、世界最高のものを手に入れた人ではなく、すでにそばにいる人を大切にした人だ。
《見せびらかし》 私の魅力は、身近な人の成長も支えられるか?
身近な人の開花を支えられるのが開花、支えられないのは浮かれた見せびらかしだ。
身近な人を幸せにできる魅力は「仲間に支えられる」状態に入り、
幸せにできない魅力は「仲間共通の敵」になる!
《真心》 傷ついた後も、身近な人に真心で接することができるか?
二人の親友が死神に会った。
死神は言った。「生き残れるのは一人だ。君たち
はじゃんけんをしろ。負けたら死ぬ。」最後に一人が負けた……もう一人は死んだ友を抱き、「友よ、一緒にグーを出す約束だったのに、なぜ私がチョキを出すと、君はパーを出したんだ」と言った。
何度傷つき、何度砕かれても、いつまでも清らかな心を保とう。私が愛することと、あなたが私を愛するかは関係ない!
心身と魂の豊かさをことさらに求めなくてよい。真心から身近な人を愛せば、命には紅い花と緑の草が広がり、喜んで語れる!
《人間性を理解し、節度をもって選ぶ》 欲望の存在を理解した後、何を伸ばし何を抑えるかをどう判断するか?
人間性は美醜を問わず、理にかなっている。
貪り、怒り、愚かさ、七つの大罪は欲望に由来する。欲望は客観的に存在し、存在するものには理がある。
伸ばせるものも、抑えるべきものもある。それが人として生きることだ。
何を伸ばし、何を抑えるべきと思うか。それが世界観、人生観、価値観だ。
《人を見極める》 関係が具体的な出来事を経験した後、何が見えたか?
事が起きなければ、誰が近く誰が遠いかわからない。
人を見極めなければ、誰が厚く誰が薄いかわからない!
利益が尽きなければ、誰が集まり誰が散るかわからない。
貧しくならなければ、誰が冷たく誰が温かいかわからない!
付き合わなければ、誰がよく誰が悪いかわからない
《人と付き合う》 人とよく付き合うには、先にその必要と難しさを理解しているか?
人間性を見抜きたければ、相手の必要、痛み、利益への欲求を考える必要がある。理解できれば自在に扱える。物事は考え抜き、言葉は十分に伝え、人とはよく付き合う。
《人を見る角度》 異なる人々の、それぞれの長所を見られるか?
あらゆる種類の人の長所が見えると、指導者の段階に入る。人の心が死に、仏の心が生まれ、人間性を貫いて大局を御する。
あらゆる種類の人の長所が見えないと、人の段階に入り、外の七情六欲に支配され、葛藤、苦痛、崩壊に入る。
人柄の評価を超えれば人間性を見抜き、天下に使えない人はいない。
人柄の評価を超えられなければ七情に入り、天下に自分が使える人はいない。
俗世を見抜いてこそ衆生を担える!
《人間性と人柄》 人に断定を下す前に、その人の必要と状況を十分理解したか?
軽々しく人柄を決めつけてはいけない。人柄の問題ではなく理解の問題であり、理解の問題ではなく対話の問題だ。人は一つの長所と山ほどの短所から成る。何を見るかによって、その人はそういう人になる。
経営者が人柄を決めつけると、たちまち死の門に入り成長しなくなる
経営者が人間性を捉えると、たちまち生の門に入り進歩し続ける
大業を成す人の道には必ず裏切る人がいる。思い悩まず、人間性を振り返ればよい。人間性には三つの欲求がある
一、金への欲求
二、将来への欲求
三、精神世界への欲求
1、分配によって金への欲求に応える
2、偉大な戦略的展望と社員の昇進によって将来への欲求に応える 3、神聖さの感覚によって精神世界への欲求に応える
同じ立場に立てば仲間であり、同じ立場に立たなければ仲間ではない。大事を成す人は情義から解き放たれ、人間性を理解し、慈悲の心を育て、衆生のために声を上げなければならない。私が担わず誰が担うのか。ひたすら部下の成就を助け、何度裏切られ、何度打ち砕かれても、この心を変えず二十年続ければ、必ず天下の大業を成す。
《人は全体像を見る》 人を判断するとき、どんな面を一緒に見る必要があるか?
人を見るときは、動機、行動、結果、長期的な関係を同時に見る。
《人間性を理解し、誤判断を減らす》 人間性の理解は、誤判断を減らし協働をよくするうえでどう役立つか?
人間性を理解するのは、人を操るためではなく、誤判断を減らし、より適した協働を築くためだ。