根源と価値
人生の根本、価値判断、天道、人の道、真理を考える。
価値の土台
短章 8 件 02天道と人の道
短章 5 件 03世界観と真理
短章 11 件 04因果と命の意味
短章 5 件短章 29 件
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《祖母の教え:大樹になりなさい》 目の前の収穫と長い年月をかけた成長の間で、私は何を選びたいか?
あなたは大樹になるべきだ。小さな苗木のときから大切に育て、少しずつ雲に届くほどの大樹に成長する。風雨を恐れず、災いにもひるまない。下へ根を張ることは、とても重要で欠かせない。だから孤独を守り、寂しさに耐えなければならない。作物を育てる人を羨んではいけない。毎年収穫はあるが、天候次第でもある。環境が変われば麦の苗はすべて枯れ、一粒も収穫できなくなる。
―祖母の教え
《立つことから始め、善に帰着し、正して実行する》 志から行動まで、善と正しさを人の追求にどう貫くか?
立つことから始め、善に帰着し、正して実行する
「立」志を立て、行いを立て、徳を立て、功を立て、言葉を立てる。
「善」善い思い、善い心、善い因、善い縁、善い果。
「正」正直、公正な品格、正義、正道、正しい事業。
立つことから始める
何もしなければ
立つことも、善もない
誰にも起点があり、それは多くの場合、確かな意志と決意から生まれる。「立」には五つの層がある。
● 志を立てる:方向を定める
○ 志を立てるのは人生の旅の第一歩であり、明確な方向と目標を定める。『大学』に「とどまる所を知って初めて心が定まり、定まって初めて静かになり、静かになって初めて安らぎ、安らいで初めて思慮でき、思慮して初めて得る」とあるように、立志は一つの「定まり」であり、定まりが慧を生む。
○ それは未来への展望、夢を貫く姿勢、人生の意味の探究である。個人の成長において、確かな志があってこそ人生の風波を乗りこなし、挑戦や苦境に向き合える。
● 行いを立てる:実行する
○ 志を持ったら、次はそれを実践の歩みに変える。行いを立てるとは行動を重んじ、自分への約束を実行することであり、理論や夢にとどまることではない。修め悟る過程では、実践を通じて初めて人生の意味や世界の仕組みを本当に理解できる。
● 徳を立てる:行動を通じて人格を養う
○ 「孟母三遷」の物語のように、徳を立てるとは行動の中で人格や資質を積み上げることだ。それは人の道徳観、価値観、人生への姿勢を表す。個人の成長と修悟において最も核心的な部分であり、その人の価値と影響力を決める。
○ 生涯を通じて高い道徳性と修養を追い求め、清らかな徳と正しい行いを備えた人になろうと努める。どんな苦境や誘惑に直面しても道徳原則を守り続け、良心と道徳を行動の羅針盤とする。
○ 徳を立てるのは自分のためだけではなく、社会によい影響をもたらすためでもある。高い徳を持つ人は社会の模範となり、他人に影響を与え、社会全体に前向きな力をもたらせる。
● 功を立てる:影響を広げる
○ 「愚公山を移す」の物語のように、徳を立てた後には、その人の価値観と人格が行動や決断に影響し、社会、家庭、チームに深い影響を及ぼす。
○ 功を立てるとは、その影響の現れであり、個人の価値が肯定され、認められることだ。さまざまな分野や階層で絶えず価値を創り、社会、家庭、組織によい変化をもたらすよう努める。功を立てるとは、理想だけでなく実践も持ち、実際の行動によって世界を前進させることを意味する。
○ 一時の成功や成果に満足せず、持続的に、少しも気を緩めず社会に貢献し、長期的な価値を創る。
● 言葉を立てる:知恵を伝える
○ 「百家争鳴」の物語のように、言葉を立てることは、個人の成長、修悟、発展の最終的な成果である。
○ それは自分の経験、知恵、見解を人と分かち合い、成長と進歩を助けることだ。
○ 言葉を立てるとは、口頭で伝えるだけでなく、行動、姿勢、価値観で模範を示すことでもある。暮らしの中で、行動だけでなく言葉によっても、自分の見解、経験、知恵を分かち合う。それは知識や理念を受け継ぎ、人を啓発し、向上へ導く責任を持つということだ。
○ 言葉を立てることは、後世への貢献でもある。よい言葉や思想は種のように人の心に根づき、芽を出し、世代を超える宝となる。
善を帰着点とする
行う
善でなければ、立つすべがない
あらゆる探究と実践において、究極には善を積むことを最高の基準と帰着点とする。「善」には五つの側面がある。
● 善い思い:思考の起点
○ あらゆる行動や感情は、一つの思いから始まる。善い思いとは内なる最初の前向きな考えや意図であり、善良さや正しさへの憧れだ。それはすべての前向きな行動の起点であり、人生の道の第一歩の方向を定める。
● 善い心:内なる原動力
○ 善い思いが持続し積み重なると、善い心が形づくられる。それは心の奥底の善に対する真摯な感情と絶え間ない探究である。正しいことをし続ける内なる原動力であり、信念である。
● 善い因:行動の始まり
○ 善い心を持つと、具体的な行動へと促される。この前向きな行いが善い因であり、善い思いと善い心の具体化であり、未来のよい結果の直接の原因でもある。
● 善い縁:環境の応答
○ 善い因は外の世界に連鎖反応を起こし、善い縁を生む。善い縁とは私たちの前向きな行動が引き起こす良好な外部環境や要因であり、運命づけられたよい機会と条件でもある。
● 善い果:結果の現れ
○ 善い思い、善い心、善い因、善い縁は、最後に善い果という結果へと導かれる。善い果はそれまでのすべての段階の結末と報いであり、よい成果と還元を表す。
正して実行する
これを行う
正しくなければ、すべて空となる
あらゆる実践で正直な姿勢を保ち、正しいやり方を貫き、行動と道徳基準を一致させる。「正」には五つの段階がある。
● 正直:誠実かつ公平に行う
○ 正直は、すべての事業家の内なる原則であり、道徳の座標である。真実、誠実、公正を守り、どの瞬間にも偽りなく、隠さず、偏らないことを求める。商業の世界では、公平な取引、誠実さと信頼、自分をありのままに示すことを意味する。
● 公正な品格:チームを公平に扱う
○ 公正な品格は、正直という原則がチームや組織に表れたものだ。公正な文化を守り、一人ひとりを公平に扱い、事業の方向をチームの価値観と一致させることを求める。
● 正義:商業の均衡
○ 正義は、外部市場の公平と均衡を表す。事業においては、あらゆる協力相手、顧客、競争相手との関係で公平と正当性を保ち、他人の権益を損なわず、市場の正常な秩序を守ることを求める。
● 正道:発展の道筋
○ 正道は、事業が発展する正しい方向と道筋を示す。長期的、持続的、調和的な発展の方向を表し、利益を求めると同時に社会と環境の調和と均衡も保つ。
● 正しい事業:原則を仕事に生かす
○ 正直、公正な品格、正義、正道は、最後には事業の成果、すなわち正しい事業に表れる。それは前向きな原則と価値が実際の事業に現れたものであり、それまでのすべての段階の結末と報いであり、事業の成功の最終的な印でもある。
《奴隷根性》 暮らしに物質の追求しか残らなければ、理想と責任はどこへ置かれるか?
中国人がこの世に生きる究極の目標は、基本的に、よく食べ、よく飲み、よい所に住み、よい物を使い、よい交尾をすることだ!
これを実現するには強い経済基盤が必要だ。だから中国人の生存の動力は、実は一文字、金だ。
高等動物である人が持つべき理想、信仰、個人の価値、社会的責任などは、中国人には一銭の価値もない!
だから中国人は、追求するものがある人を「格好つけやがって」と嘲笑う。
《立つことから始め、善に帰着する》 どんな信条で、一生の探究と行動を律したいか?
立つことから始め、善に帰着する
立てる:志を立て、徳を立て、功を立て、言葉を立てる
善:人に善くあり、自分に善くあり、利他と大きな愛を持つ
「立つことから始め、善に帰着する」を、私が一生あらゆる手段を尽くして追求する人生の信条とする。
《厚い徳で物事を担う》 知識、富、力が増えたら、私は何を担う準備をしているか?
厚い徳で物事を担う
厚い徳とは何か?
清らかな志だ。
物事を担うとは何か?
どれほど大きなことをするかだ。
つまり、清らかな志の大きさだけ、大きなことができる。
どれほどの事を担えるかによって、成せる事の大きさが決まる。
どれほどの金を担えるかによって、扱える金の大きさが決まる。
何人を担えるかによって、率いられる人数が決まる。
心を修めることは徳を修めること! 修行は命を修めること
豊かな学識は他人を征服するためではなく、自分の小ささを見極めるためだ。豊かな富は贅沢を誇るためではなく、善を広める責任を増すためだ。高い地位は孤高を楽しむためではなく、人々を率いて前進するためだ。強い力は弱者を虐げるためではなく、自由に呼吸するためだ。
力を得るのは私欲を満たすためではなく、より偉大な使命を担うためだ!
《金では買えないもの》 金で条件は買えても、本当に必要な感覚まで買えるだろうか?
1、寝床は買えても、睡眠は買えない。2、家屋は買えても、家庭は買えない。3、肉体は買えても、愛は買えない。4、食べ物は買えても、食欲は買えない。5、服従は買えても、尊敬は買えない。6、娯楽は買えても、喜びは買えない。7、お世辞は買えても、忠誠は買えない。8、時計は買えても、時間は買えない。
《方法より先に価値を》 有効な方法を探す前に、価値に照らした境界を定めているか?
まず価値を確立し、その後で方法を選ぶ。価値の境界がなければ、方法が有効なほど逸脱も大きくなる。
《善、正しさ、長期性》 追求する価値のある目標は、どんな検証を経る必要があるか?
どんな目標も、善、正しさ、長期性という三つの検証を受けなければならない。
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《修悟の始まりと「敬天愛人」》 一度の経営実践は、生活と価値への私の理解をどう変えたか?
2016年、余世維先生を通じて、中国の「盛和塾」のビジネスモデルと経営モデルを整理した。塾の仲間と仕事をする中で、稲盛和夫氏の「敬天愛人」に触れ、自分の人生の目標や価値観を改めて考えるようになった。
経営モデルを整理すると、この考え方が意思決定や戦略、日々の仕事にも関わっていることが分かった。企業経営だけでなく、どう生き、人と接し、社会に貢献するかという話でもあった。
この仕事は、その後の仕事の進め方と価値の捉え方に影響した。物質的な蓄えに加え、人とのつながり、自然との関わり、社会への貢献も大切だ。それ以来、「敬天愛人」を生活の指針にしている。
天を敬うとは、自然の理、人の世の正道、すなわち天道に従い、人に善くあることだ。言い換えれば、人としての正しい道を守ること。人を愛するとは、自分だけの欲を捨て、人を思いやり、利他の心を持つことだ。
敬天:
「敬天」とは物事の本性に沿って行うことだ。ここで「天」は客観的な法則、つまり物事の本性を指す。稲盛氏は正しいことを正しい方法で貫くことを基準とし、十二の経営原則を掲げた。①事業の目的、意義を明確にする、②具体的な目標を立てる、③強烈な願望を心に抱く、④誰にも負けない努力をする、⑤売上を最大限に、経費を最小限にする、⑥値決めは経営の根本である、⑦経営は強い意志で決まる、⑧闘争心を燃やす、⑨勇気をもって事に当たる、⑩常に創造的な仕事をする、⑪思いやりと誠実さをもって人に接する、⑫常に明るく前向きに、夢と希望を抱き、素直な心で世に処する。これら十二条はいずれも物事の本性が求めるものであり、それに従って行えば、行く先々で勝利できる。
愛人:
「愛人」とは人の本性に沿って人として生きることだ。ここで人を愛するとは「利他」であり、人として生きる基本の出発点である。利他は自利につながる。「自分本位」から「他人本位」へ転じ、他人を主体とし、自分は人に仕え、助ける者となる。企業では「利他経営」となり、その「他」は顧客を指す。広義の顧客には、お客様、従業員、社会、利害関係者が含まれる。「企業本位」から「顧客本位」へ転じ、心から顧客に尽くす。もちろんまずお客様に尽くし、すべてお客様の視点で考え、その要望を満たす。顧客のために価値を創れば、企業もその価値を分かち合える。
敬天愛人には、畏敬の心、感謝の心、利他の心が含まれる!
《天道と聖徳》 万物の法則に従うことを、人との接し方や行動にどう生かすか?
天は陽によって万物を生み、陰によって万物を成就させる。生むことは仁であり、成就させることは義である。ゆえに聖人が上に立てば、仁によって万物を育み、義によって万民を正す。天道が行われれば万物は従い、聖徳が修められれば万民は感化される。大いなる順応と感化が、その跡を見せず、なぜそうなるかもわからないことを神妙という。ゆえに天下の人々の根本は一人にある。道は遠いものだろうか。術は多く必要だろうか。
周敦頤『通書・順化第十一』
《風水》 風水を語るとき、自分の最初の思いも振り返るべきではないか?
風
方向
最初に心に起こる思い
あなたの初心
水
運ぶもの
万物の根源
載せることも覆すこともできる
風が整い
雨が順う
最初の思いが善ければ
風水も当然よくなる
《利他を具体的な関係に生かす》 法則を尊重することと人を思いやることを、具体的な関係でどう両立するか?
法則を畏れ敬うとともに、人の置かれた状況を尊重し、利他を具体的な関係に生かす。
《物事の本性に沿って行う》 物事に関わる前に、それ自体の法則を理解しているか?
まず物事の本性を理解し、その後で関わり方を決める。
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《受け身で報いを受ける暮らしから、願い実践する暮らしへ》 受け身で耐える生活を、願いと行動のある生活へどう転じるか?
生活の本質は、無知から業をつくり、受け身で報いを受けることだ。業によって身を受け、その身がまた業をつくり、循環は止まらない。修行とは、この迷い惑う生活を、願いを立て、実践する生活に変えることだ。
《痛んでこそ、人の痛みがわかる》 苦痛を自ら経験した後、人の難しさをどう見るようになるか?
深淵に落ちた人だけが、他人の苦痛を自分のことのように感じられる
《真理とは何か》 判断の価値は、正誤や勝敗を分けることだけにあるのか?
「理にかなう」「唯一の答え」「正しい」。それらは表面にすぎない。普通の人は正誤を求め、大成する人は勝敗を求める。その奥の核心は、
七情六欲に縛られず、名利や世論に縛られず、
文化や道義に縛られず、過去の知識に縛られず、
人と社会の進歩に役立つ言葉こそ真理だということ。
《魂の清らかさ》 内なる落ち着かなさと清らかさは、それぞれどんな関係へ私たちを導くか?
魂の清らかさ
清らかでなければ「焦躁」に入り、多くの小人と重なる不運を招く。
清らかであれば「あなたは本当によい人だ」となり、多くの恩人と重なる盛運を引き寄せる!
《度合い》 よい性質は多いほどよいのか、どんなときに加減に気を配るべきか?
「正しい」のはよいが、正しさが「過ぎれば」歪むのではないか?
「善い」のはよいが、善が「過ぎれば」妖しくなるのではないか?
「賢い」のはよいが、賢さが「過ぎれば」ずるくなるのではないか?
「誠実」なのはよいが、誠実さが「過ぎれば」愚かになるのではないか?
見通しても見切らない。世を救うにはまず世に入る。正しさも過ぎれば奇となり、善も過ぎれば妖となる。
《真理》 思想の価値を、人と社会への実際の助けにどう結びつけるか?
真理とは何か?
「理にかなう」「唯一の答え」「正しい」。それらは表面にすぎない。普通の人は正誤を求め、大成する人は勝敗を求める。その奥の核心は、
七情六欲に縛られず、名利や世論に縛られず、
文化や道義に縛られず、過去の知識に縛られず、
人と社会の進歩に役立つ言葉こそ真理だということ。
《追求》 毎日の努力は私欲を満たすためか、家族の幸福を増やすためか?
私が求めるのは家族の幸福
自分の私欲ではない
毎日が新たな出発点
進歩し、収穫を得て、成果を出す
親の養育の恩、愛する人が自分を認めてくれた恩、周囲の支援の恩に対して
だから毎日を出発点とし
家族の幸福を私の追求とする
《命の深さ》 知っていることが増えるほど、自分が何を生きてきたのかも明確になっているか?
私たち一人ひとりの命は、一筋の川だ。選択肢が多すぎ、気にかけることも多すぎて、命の幅がとても広いように見える。世界で起きていることなら何でも知っている。**誰もがトランプ、マスク、ボブ・ディランの話をしているが、多くの人は「私は誰か」を忘れている。**私たちの命はますます浅くなり、深さを失っている。
しかし、人が一生をかけて追い求めるのは長さや幅ではなく、まさに深さだ。限られた時間の中で何をし、自分に何をもたらし、家族に何をもたらし、この世界に何をもたらしたか、ということだ。
《事実、解釈、信念を分ける》 行動の前に、事実、解釈、信念を分けているか?
まず事実、解釈、信念を分け、その後で行動を決める。
《判断の実践的価値》 見解に長期の実践的価値があるかをどう判断するか?
人と社会の持続的な進歩を助ける判断こそ、実践的価値を持つ。
《私の生き方は、他人への判決ではない》 ある生活を追う価値を確信したら、別の選択をする人に優劣をつけてよいか?
私は自分の道を確かに選べる。先に他人の道を低いと判じる必要はない。
興味、責任、長期の蓄積を重んじ、それを基準に同行者を選ぶ。しかし安定を重んじる人、探索を望む人には、私の経験しない条件もある。選択が理解できなくても浅薄さの証拠にはならず、私の経験が複雑でも、その人生を段取りを組む資格が増すわけではない。
共同作業にはもちろん境界が要る。責任、真実の情報、許容する方法を明確にし、条件に合わなければ協働しなくてよい。しかし一つの段取りを断ることと、その人全体への結論は分けるべきだ。原則は私の決断を助け、全員を裁く道具になる必要はない。
なぜこう生きるかを明確にし、人にも異なる理由を残したい。人を軽んじなければ保てない信念は、さらに検証が必要だ。違う生き方を収められれば、自分の選択を支えるため、いつも他人の低さを借りずに済む。
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《心が定める命》 私は心をどこに置き、人生をどこへ向かわせているか?
天命はなく、あるのは「心が定める命」だけ。心があるところに、命もある!
私の心がすべてであり、すべては私の心だ!
《因果》 思いどおりにならないとき、自分の徳や選択の何を省みられるか?
思いどおりにならないことはすべて、自分の徳行が返ってきたものだ。徳は根であり、根が良ければ花も実も豊かになる!
苦しい運命は自ら招いたもので、外界とは関係がない。
順調な運命は修行によって引き寄せられるもので、運とは関係がない。
《今生》 来世に希望を託す前に、今日の暮らしをどうよく生きるべきか?
来世の果報を求めず、今生の因果だけを修める。
小さな師は来世の果報を教え、「我が求め、我に執着する」貪り、怒り、愚かさ、慢心へ入る……
今生をよく生きずに、来世がどうよくなるのか?
大師は今生の因果を教え、「恥じることのない成長」へ入り、今を生きる……
今生をよく生きれば、来世がどう悪くなるのか?
苦しい運命は自ら招いたもので、外界とは関係がない。
順調な運命は修行で引き寄せたもので、運とは関係がない。
思いどおりにならないことはすべて、自分の徳行が返ってきたものだ。心を修めるのは命を修めること。心を動かすかどうかは自分で決め、外界に支配されない。
天命はなく、あるのは心が定める命だけ。心があるところに命もある! 私の心がすべてであり、すべては私の心だ!
《選択と行動が返ってくる》 今日の結果は、どんな長年の選択と行動を受け継いでいるのか?
結果を、長年の選択と行動が自分に返ってきたものとして捉える。
《受け継がれる価値を残す》 限られた命の中で、後に続く人が使い続けられる何を残したいか?
限られた命の中で、記憶され、使われ、受け継がれる価値を残す。